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前稿で、選手を作り出す環境という観点から「闘う環境」の大切さを述べましたが、ある指導者の方から、「勝利至上主義の助長じゃないの?」とのご意見をいただきました。サッカーとは?を考え、あらためて「勝つことが大切。勝ちにこだわりましょう!」と、あえて言い切りたいと思います。勝つことの重要性を個々の選手が正しく認識さえすれば、宮城のサッカーは飛躍的に向上していくでしょう。
サッカーはゲームスポーツです。相手を局面で打ち負かしたり、1ゴールでも多く得点したり、最終的にチームの勝利を目指します。勝敗はついてしまいますが、勝ったことから得られる経験や自信は次のステージへのステップとなり、次こそ勝とうという意欲は工夫と高いモチベーションをもたらしてくれます。だからこそ、サッカーは常に進化を続けて来たし、同時に観る者へ感動を与え続けて来たのだと考えます。
目先の勝ちだけにこだわり、その時に身に付けなければならない技術や戦術をないがしろにするサッカーはもちろんよくありませんし、選手の将来の可能性を摘み取ってしまうことにもなります。また、「勝てばいい」「うまければいい」などと言ったレベルのサッカーは、今や勝ったり活躍したりできる余地はないと言ってもよいでしょう。
県内の多くのゲームに目を向けてみますと、激しいせめぎ合いや一瞬の隙も見せない緊張感はほとんど伝わってきません。また、ミスをしたり1対1に負けたりしてもボールを追わない場面さえよく目にします。プレーのいい加減さと執着心の薄さは全国屈指と言えるかもしれません。ゲームが終了すると、どの選手も勝敗に一喜一憂する様子ですが、ゲーム中の1つ1つの淡白なプレーが不本意な結果を招いていることに何人の選手が気づいているのでしょうか。技術的な部分は10年前と比較にならないくらい上達しているのに、強さや魅力を感じられないのはこんな所に原因があるのかもしれません。
今、宮城のサッカーに必要なものは、結果としてのゲームの勝ち負けもありますが、それ以上に、結果を導くことになる局面の強さです。勝つために何ができるか?勝つために何をすべきか?そして敢然とそのプランを実行できる勇気と確実な技術を磨き上げることが求められているのです。
「闘う環境」づくりは、このように「勝つ」という具体的な目標を持ってこそ、明確なイメージで捉えられるものです。勝ちにこだわるリスクは否定できませんが、そもそも、サッカーという紳士淑女を育てるスポーツには、勝ちを追求する過程にマイナス要素のつけいる隙はないはずなのです。そこには「勝つ=よい選手×よいチーム×よい指導」さえ成立するかもしれません。勝つことの弛まない追求が、社会に必要な人間を生み、感動的なプレーを可能にすると言ったら、今度は「それは詭弁だ!」とお叱りを受けるでしょうか? |