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本稿では、U-12、つまり「サッカーとの出会いの時期」の課題について述べて参ります。この年代における理想は、「サッカーの魅力と出会い、サッカーでの夢を持つこと。パーフェクトスキルを身に付けること。発想豊かにサッカーを楽しむこと。」と言ったところでしょうか。
世界では、ストリートサッカーから多くのトップアスリート達が誕生してきました。彼らの卓越した技術やひらめき、勝負への執着心は、少年時代に培われたと言ってもよいでしょう。このストリートサッカーのポイントは、端的に言えば、「サッカーに関わる時間」であり、「考え工夫する力」であると私は考えます。小さい頃から、ちょっとの時間やスペースを見つけてはボールに触れた経験が、今の技術を支えていますし、独自のルールや勝つための工夫を繰り返したことが、今の創造性を可能にしています。このストリートサッカーから、紛れもないファンタジスタたちが誕生してきたのです。まさに、この年代の理想に近いサッカーが、出会いの時期に用意されていたわけです。
現在の日本、ネット上では、大人たちが神出鬼没にストリートサッカーを楽しんでいるという情報が増えていますが、子どもたちがそこかしこでボールを蹴り始めたら大問題になってしまいます。それでは、日本でファンタジスタは生まれないのでしょうか?最近は、正しいトレーニング法(?)が行き渡り、「技術・戦術」のレベルも確実に上がっています。しかし、効率的で効果的なトレーニングが、逆に選手の個性、創造性を摘み取ってしまっているという指摘も多いところです。つまり、前稿のU-14の課題につながることですが、理論に裏付けられたトレーニングも必要ですが、「自ら工夫したり、問題解決したりする力」を育てるトレーニングの必要性を再考し、将来のファンタジスタの種を蒔いておくべきでしょう。ドリブル突破やトリッキーなパスなど、自由な発想でサッカーを楽しむ経験が、その選手のサッカーを支えるベースとなることは想像に難くないと思います。
もちろん、この年代のサッカーの在り方については、多くの異論があります。しかし、「三つ子の魂・・」ではありませんが、サッカーとの付き合い方や取り組み方をどのように身に付けるかで、その後の本人のサッカーは大きく変わっていくでしょう。高度なチーム戦術が徹底されているチームも芸術的ですが、局面での個人の創造的なプレーに私たちは感動を覚えるものです。決して唯一の正解が存在しないサッカーというスポーツには、個々のプレイヤーの豊かな発想がどうしても必要です。
サッカーとの出会いの時期、宮城の子も関東にいる子も外国にいる子も、大きな違いは認められません。でも同時に、10年後の差を生むファクターが、この年代に隠れているような気もしてならないのです。U-12の在り方は、まだまだ工夫改善、もしくは大きな方向転換をしなければならないかもしれません。U-12のサッカーのあり方を追求することは、宮城のサッカーを全国のトップに引き上げる鍵となるかもしれません。この年代に携わっている多くの方や読者の方のご意見を広く聞き、方向性を模索していきたいと考えます。 |